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2024.05.03

クライアントの心の中にある価値観、それをしかりと観察し、考察し、引き出し、自然な寸法で表現する。建築家 小宮栄さんに聞くエスキース>

# Beneインタビュー

ベーネがジュエリーデザインをするとき、とっても大切にしているのが<エスキース>。
これは建築用語で<ラフな素案>、美術用語では<素描>を意味します。
地球上に現れる森羅万象、ベールのように私たちを包み込む光、清らかに流れる空気、そよぐ風、とどまることなく流れ、湧き上がり、ほとばしり出でる水。
それらをエスキースという形でとらえて、ジュエリーで表現する。

私が、このエスキースという言葉に出会ったのは、建築家 小宮栄先生のお話から。
建築家が最も大切にするエスキースの心は、私たちのジュエリーデザイニングになんと大きなヒントを与えてくれたことでしょう。

青:ベーネ銀座サロンオーナー 内藤千恵
黒:小宮建築設計事務所代表 小宮栄

エスキースは、考え方、アイディア、感情を、思いのままに線で表現するということ。

_______ 小宮先生とお話ししていると、美しい言葉に出会うことが多くて。
言葉の使い方、間合いなど、なんとも色気があります。
その中の1つが<エスキス>。
建築用語で<素描する>ことだと。
初めはその言葉の響きに、ノックアウトだったんですが、ジュエリーデザイニングに重ねて考えると、なんとも哲学ぽい感じです。

なるほどね。
哲学ときましたか。そんなに大それた感じで使ってはいないのですが、そう言われると、確かにそうですね。
さすが内藤さん、言葉に敏感。
私にとってエスキースは、素描というか、設計のプロセスですね。
それは、設計において1番大事なプロセスだと思っているんです。
私の場合、住宅設計をメインにしていますが、その中で、クライアントの心の中に描かれている漠然としたイメージを、まずは紙の上に描いていく、という感じです。

_______ クライアントが心の中に持っている住宅へのイメージを線で描くという感じですか?

ごちゃごちゃとスケッチブックに、何かいたずら書きみたいに描いていると、少しづつ頭の中が整理されていって、残る線がどれで、消す線がどれかと、なんとなくわかってくる。
それが私にとってのエスキースですね。
第一段階で、まずはクライアントがどんなふうなイメージを持っているのか、どんなふうにしたいと思っているか、ということを描いていくんです。
それがないと、建築家の仕事ではなくなってしまうと私は考えているんですね。
建築家が建てたいのもを作るのではなくね。
建築は、規則にがんじがらめですから。
建築法とか構造設備とか、いくつもの規則の中で設計をする。
そこで最も大切なのは、クライアント、施主のその住宅に対する思い、願い、希望なんですね。
だから、それをエスキースする。
コルビジェという建築家の言葉ですが、<住宅は住むための機械>というのが的を得ています。

(写真:ル.コルビジェ)

建築家ル.コルビジェの言葉< 住宅は住むための機械>。この本質は?

_______ フランク.ロイド.ライト、ミース.ファン.デル.ローエとともに近代建築の三大巨匠と言われているル.コルビジェですね。
<住宅は住むための機械>というのは、とってもドライな言葉に感じるのですが?

建物は諸条件を満たした構造物でなくてはならないんです。
なぜならば、水に浮かぶ機能のない船は船ではなく、空を飛ぶ機能のない飛行機は飛行機ではないのと同様に、住むことができない住宅は住宅ではない、ということなんですね。
住宅は、<人が住む>という機能を満たすために作られるのですが、その機能を抜きにしても感動がそこに満ちるというのが私の考える住宅設計です。

(写真:エルガー作曲 威風堂々)

_______ 小宮先生の設計には、いつも愉快な物語が隠れていますよね。
例えば、窓の配置が施主の好きな音楽の小節になっていたり。
先日、拝見した住宅は、窓の配置が<威風堂々>のリズムで配置されていたり。

例えば、構成している面は単純だけれど、そこに深みがある、というイメージです。
同じところを歩いていても、何度も立ち止まらせたり、振り返らせたりする。
それによって同じ部屋の中でも自分のいる立ち位置で、その部屋の表情がかわります。
住宅として、<人が住む>という機能を満たすために、明るい日差しを取り込む窓は大切な役割を持つのですが、クライアントの話を聞いていると、家族で大切にしていることなんかが伝わってくる。
子どもたちがブラスバンド部だとか。
音楽好きは遺伝子だとか。
そうすると、その家族で大切にしている<音楽>を、設計の中に取り込めないかとか考えるわけです。
その家の子供に、どんな曲が好きなの?と聞くと、<威風堂々!>という答えが返ってくるわけです。
へ~、そうなんだねと、また家族で話が盛り上がる。
そこで、威風堂々の音符の構成を窓の配置で表現しようと思い立つわけです。

(写真:威風堂々の1小節で配置された窓から室内に差し込む光)

そこから光が差し込む。
光が差し込み、床に、壁に光りのシルエットが移り、時間によって、日差しによって、そのシルエットが変わる。
いろいろな威風堂々の光の変奏曲ができあがるんです。
寸法を決めるのが建築家の大切な仕事ですが、寸法の決め方一つで、<住宅は住むための機械>である住宅に感情が息づくんですね。

(写真:ベーネ銀座サロン玄関扉と柱)

ベーネ銀座サロンの設計にしのばせる数々のメッセージを寸法で表現。

_______ ベーネ銀座サロンの設計も小宮先生にお願いしました。
初めは、小宮先生が私の話を聞いてばかりで、何をどうと提案をしてくださらなかったから、???がいっぱいでした。
建築家は、こうしましょう、こんな設計いかがですかと提案をしてくださるとばかり思っていました。
私がベーネのジュエリーは日常に1点の芸術品であってほしい。
生活と芸術の融合だ。などお話したことを覚えています。
そしたらいきなり壁紙屋さんに連れて行ってくださった。

<アーツ&クラフト運動>に惹かれると、内藤さんはおっしゃっていました。
それならば、その思いを、サロンの空間の中で最大に広げられる壁で表現したらどうかと考えました。
数百枚の壁紙サンプルから、内藤さんはウイリアム.モリスの壁紙を選びました。
モリスのデザインから選んだのではなく、これだ!と選んだものがモリスだった。
これは私にとって愉快なことでしたね。
内藤さんは、このサロンで大切なのは、一歩一歩、丁寧な歩みだと言っていた。
そこで、イギリスのアーツ&クラフツ運動と、内藤さんのベーネ魂を融合させるようなイメージでエスキースしました。
イギリスの寸法1フィートは、日本の寸法1尺とほぼ同寸。
壁側と窓側に柱を立て、その柱間の寸法を1フィート=1尺に決め、その面に挟まれた空間=サロンというエスキースです。

(写真:ベーネ銀座サロン ウイリアム.モリス壁紙)

_______ そしてさらに興奮したのは、サロンの扉が私の最も大切な色<ガーネットの赤>であったことです。
私は常々、ガーネットの赤は私の体の中を流れる血の色だと感じていて、ここぞというときの勝負の色だったんです。

そうですね。扉は、美しいバランスをつくり出すために、黄金比で溝を付けました。
内藤さんは、自然美の摂理をよくお話になっていましたから。
自然美、その摂理を表現のに黄金比はぴったりだと。
この溝は、なんどもエスキースしながら、幅、深さを明確にし、寸法を決めました。
この溝の深さ、幅は、柱の間の寸法と同様、非常に重要なものだと感じていました。
内藤さんのサロンに対する熱い思いや願いを、色と寸法で表現するということでしたから。

_______ この扉、小宮先生、作り替えました。
この扉だけで数十万円するのに、でも作り直した。私にはわからなかったわずかな寸法の違いでした。

溝の深さを5ミリに指定したのですが、それがわずかに浅かった。
工務店に<これどう思う?>と問うと、<作り直します>と。彼らはその意味を知っているんです。
寸法の大切さをね。

_______ 素晴らしい信頼とチームワーク、その美意識の共有!プロの仕事ですね。

(写真:ベーネ銀座サロン窓側柱)

_______ カーテンを選ぶ時もそうでした。
日本の縁側という考え方にすごく魅力を感じていて。
縁側は、外の世界と内側の世界をつなげる場所だという考え方です。
窓は、サロンという内側と、社会という外側の世界をつなげる役割があるのではと考えていて、そんなお話をした記憶があります。

その話も愉快でした。
玄関、入り口側を内藤さんの心の色であるガーネット色にし、扉という西洋のしつらえにするならば、これはセキュリティの問題がありますから。
窓側の柱は日本の縁側にある障子のしつらえにしようと思いましたね。
カーテンは、日本の障子に最も近い風合いのものを選びました。
内藤さんは、空気が滞らず、流れるような空気感が欲しいともおっしゃってた。
サロンの楽しい空気が外に流れ、外のアクティブな空気がサロンに流れる。
そんなイメージでエスキースしています。
そこで、セキュリティを確保しながら、扉上の空間の寸法を決めています。

 クライアントの心の中にある価値観、それをしかりと観察し、考察し、引き出し、自然な寸法で表現する。私たちプロは、プロの目にかなう仕事をする。

_______<住宅は住むための機械だ>というコルビジェの言葉、それを引用した小宮先生のお話、すとんと腑に落ちます。
柱の寸法に、扉の溝の深さに、その幅に、ベーネのジュエリーに対するコンセプトが隠されているような不思議さ。
イマジネーションを掻き立ててくれるような自由さとゆとり、思考の幅を小宮先生は寸法で表現してくださった。

先にお話ししたように、コルビジェの言葉、<住宅は住むための機械だ>というように、住宅は、<人が住む>という機能を満たすために作られるのですが、その機能を抜きにしても感動がそこに満ちるというのが私の考える住宅設計です。
その感動は、クライアントの心の中にある価値観みたいなもので。
それをしかりと観察し、考察し、引き出し、それがクライアントの心の中からふつふつと沸き上がった、自然に感じられるような寸法にできたらと、考えています。

エスキースは線で描きます。
点でもなく面でもなく、線というものの持つエネルギー、特性は、寸法というミリ単位によって熱を帯び、立体化するんですね。
私たちプロは、プロの目にかなう仕事をします。1ミリ、という単位を真剣に考え、形にする。
そこに住まう人は、それに美しさを感じる。
そしてその感情は、魂となってその住宅に宿る。それはベーネのジュエリーと同じ考え方ですね。
内藤さんのベーネのジュエリーに対する熱い思いと洗練された美意識、その言葉の適切さと豊かさに、私はいつも驚きながら敬服です。
ドリームメーカーとして、お互いにやっていきましょう。

なにかくすぐったい。。。
エスキースとは、クリエーションとリアルの狭間、それを線で表したもの。
線から浮かび上がる物語、線から物語が浮かび上がる。
インタビューを終えて、そんな風に感じています。
お客様の心の中の大切なこと、大切な思いや個性、それをきちんと丁寧にうかがう。
そして、それを直接的な表現ではなく、ディテールに忍ばせるような、しみこませるような、そんな感覚でジュエリーを作る。
21世紀に生きる私たち、この消費者社会で培われた「ものを見る鋭い目」を持ちながら、豊かな感情でクリエーションしていくドリームメーカーでありたいと、小宮先生のお話で強く感じました。

(聞き手・構成 ベーネ銀座サロンオーナー 内藤千恵)