Contentsベーネベーネのコンテンツ

2024.04.16

受け継ぐ伝統技術は左手に、自身の感性が右手に宿る。甲州水晶貴石細工伝統工芸士 大寄智彦さんに聞く

# Beneインタビュー

青:ベーネ銀座サロンオーナー 内藤千恵
黒:甲州水晶貴石細工伝統工芸士  大寄智彦

初めて大寄さんの作品に触れたとき、はっきりと確信したのは、世が世なら、彼のこの技術と感性は、間違いなく錬金術といわれたであろうと。
1つの透明無垢の水晶の丸玉の中に、もう1つのファセットが施された水晶1粒が内包されているリング、ドーム状の水晶のリングの中に水晶の小さなクラスターが内包されているリング。

もう驚きすぎて、何が何だかわからない。
水晶が組み合わされているのはわかる。
けれど、その痕跡が全くない。
その1粒が、まさにそのままの状態で地中の奥底に存在したか、間違って天空の神が自らの宝を地上に落としてしまったのか。
技術というものの圧倒的な迫力と、研ぎ澄まされた静かさに魅了された私。
ベーネの新しいデザインへの考え方は、大寄さんのこの作品を手にしたとき、確信に変わったのです。

磨職人になろうと思ったきっかけは、本当に自然で単純でした。

_______三代目の重圧は無かったのでしょうか。何故、研磨職人になろうと思ったのですか?

それはすごく単純で。
祖父、がまず石の彫刻をやっていて、父もそれを受け継いでやっていたので、僕の中では幼いころから石を削っている父親と祖父の姿を見ていたので、自然と僕はこの仕事を継ぐんだろうなと。
家の仕事はこれなんだろうなと、小さいころから思っていて。

(写真:オオヨリ2代目のお父さんと。創業時代から道具はほとんどそのまま。
この工房で、祖父、父、大寄さん3代が肩を並べて仕事をしていた時期もあったそう。)

徐々に成長するにあたって、自分の方向性が見えてきてジュエリーに目が向いていって。
特に親から継いでくれとか、そういう話しはなかったし、家の中に工場も石もあって、業者さんも来ていたので、自然に。

_______才能は一代だと感じることが多くて。
医者であったり家業であったり。
3代続くっていうのは、並大抵ではないと思うんです。
けれど、大寄さんは本当に自然に緩やかに、気張ることなく3代目を継いで、なおかつ、その伝統技術に未来性を融合している。

徐々に変わっているんですよ。
祖父がやっていたのは美術工芸品で、茶碗とか香炉とか仏像とか。
父になって割とジュエリーの仕事が多くなって、彫刻した合わせ物を主体とした物を手掛けるようになって、変化はしてきたんですね。
だんだんとやってきて、僕はそれを引き継いで、自分で何かを発信できるように徐々になってきたという感じです。

(写真:大寄さんの作品はまるで錬金術師の技。世が世なら魔法使い。)

大寄作品は、まるで錬金術のよう。原点に回帰しながらその内側に宇宙を抱え込む。

_______私は、伝統工芸士の作る作品は、仏像とか花とか、そういった美術工芸品だと思っていたので、初めて銀座和光で大寄さんの作品を目にしたとき、えっつ!って。
どひゃっていう感じでした。
これは錬金術ではないかと!

錬金術における最大の目標は、賢者の石を作り出すことでした。
賢者の石は、卑金属を金などの貴金属に変え、人間を不老不死にすることができる究極の物質と考えられていました。
それを髣髴させるような作品!
その発想はどこから?

(写真:代々に、自然に、徐々に。そんな柔らかい言葉が重なる大寄語録。目がキラキラと輝いているでしょう!)

まず、人とは違ったものを作りたくて。
人が考えないものを作って世に出したいなという考えが基にあるんです。
たくさん石はあるんですけれど、水晶って、自分の中では、小さなころから身近にあったもので、僕が育った山梨は水晶研磨に由来のある場所なので、水晶は透明だし、水晶でやりたいなと。
いろいろ考えていて。

水晶は透明だから、中に何か入れたら、誰もやっていないし、新しいし、いろんなバリエーションもできるかなって、ふと湧いたアイディアという感じ。
そこからいろいろと展開していって。
何かから影響されたということもないんですが。

ただただ、自分だ面白い、楽しいと感じることを淡々とやっているという感じです。

_______何か直観、みたいなことですか?

そうですね。
これをやろうと思ってやり始めたんではなく、本当に徐々にって感じです。
こんなふうなものってないし、こんなことやったらおもしろいなって。

_______自分自身が面白いなって感じて思ったことに従順にやってきた感じですか?

そうですね。

_______自身が高い技術を持っていると、いつごろからお気づきになりましたか?

いやいや。
自分の中ではずっとずっと平らな道を普通にやってきた感じなんです。
淡々と自分の気持ちに従順に、自分の面白さや楽しさを形にしてきている、という感じなんですね。

(写真:大寄さんの制作風景。もくもくと淡々と静か。しゃりしゃりっと石が磨かれる音に包まれる。)

職人の技に強烈に刺激を受け、その技術に触発され感性が揺さぶられる。

_______内閣総理大臣賞をとった作品にも大寄さんの素晴らしい技術が施されていました。

あの作品のデザイナーさんは、今回制作する前に何度か工房で作業工程や展示会で作品を見ていただいていたので、何かインスピレーションが沸いてきたのではないかと。

_______それ、すごく納得なんです。
研磨技術ってすごいと思うんです。
左手で石を持つじゃないですか。
そして右手で水をかけたり砂をかけたり。
ということは左手が技術で、右手が感性ということですよね。
1つの動きの中に、感性と技術が同時に重なり合っていく。

今までのジュエリーデザインは、感性とかインスピレーションとかイマジネーション。
そんな言葉で表現されていて、いわゆる<右脳>から沸き上がるインスピレーションやイマジネーションでデザインされていたんだけれど、もうその時代は終わったのではないかと感じているんです。

技術力、いわゆる職人の技に強烈に刺激され、デザインが沸き上がってくる感じ。
それが本来のデザインの在り方ではないかと。
自然とぴったりと融合する物の在り方だと。

大寄さんの作り出す作品を見ていると、それをすごく感じます。
丸玉に研磨するという、なんていったらいいかしら。ファセットを付けるということリも、もっとシンプルな技術。
最もシンプルな技法は最高の技術によるものだと。

手の感覚ですよね。
ファセットは右手でファセッターでつけてしまうので。
丸玉の研磨は手の感覚だけなんですね。

(写真:研磨は手の感覚。それは徐々に自然に身体が覚え身についていった感覚。)

原点に回帰するときに、その内側に宇宙のエネルギーを織り込む。

_______原点に返るようなんです。
山梨の研磨のルーツは、水晶の原石が発見されて、神社に水晶の丸玉を奉納する、そこから始まったと聞いています。
その時代から、彫刻、芸術品が作り出されるようになって、そして今、大寄さんは、その水晶の丸玉の、最初の技術に回帰しているように感じます。
ただ回帰しているのではなくって、回帰するときに宇宙を一緒に取り込んで回帰してきたという感じなんです。

そして、その技術を持ってアフリカに行きました。
何がきっかけでしたか?

(写真:ジャイカのプロジェクトでのアフリカに彫刻指導。)

確かな技術は国を越え、人々の暮らしに大きな影響を与える。

それはJICA(国際協力機構)のプロジェクトで。
向こうにはファセットカットの技術はあるんです。
エメラルドとかの産地でもありますから、学校もあるんです。
けれど、彫刻、彫る技術がないので、そういった技術を使って、置物、向こうでいうと、カバとかサイとか、木彫りの置物があるじゃないですか。
そういったものを石でできたら差別化にもなるし、新しいものを生むことによって、その技術を使って食べていける子供も増えてくるし。
ということで、ファセットカットをしている学校に、彫刻の技術を教えるということで行ってきたんですね。

甲府の技術を海外に出す、ということで、反対だと言う人もいるんですけれど、ね。
そんな狭いことを言ってなくて、そういう技術を求めてくれるのであれば、それは喜んでいこうという気持ちですね。
自分にとってもアフリカは未知の地で、とても興味があります。
アフリカの大地は、おそらく沢山の宝石が眠っていると思います。
このような仕事をしていても鉱山を見たことがない方が大半だと思います。
このプロジェクトでは、鉱山の現状をはじめ、アフリカの宝石業界を見て回る良い機会です。
そして感じたことをアフリカへ寄与できればと思います。

_______やっぱり技術は国境を、時代を越えられるんだな。

まずは、その学校の先生に彫刻を教えるんです。その先生が生徒たちにその技術を伝えていくんですね。

_______アフリカにいるゾウさんやライオンちゃんみたいな動物をモチーフに彫刻をする技術を教える。
そうすると道具は、こちらから持っていくんですか?

そうなんです。甲府で使っている道具を持っていくんですね。
まだ今回は調査で、JICAにこういう方向で行きたいですと報告して、来年度からスタートする感じですね。
どんな原石が取れるのか、学校の経済状態はどうなのかとかも。

(写真:職人さんは無口な人も多いけれど、大寄さんは熱き思いを、やわらかな言葉で表現する人。)

正しい技術と正しい情報、知識が必要とされる。

僕が行ったところは鉱山も小規模で、機械の導入などなく、ほぼ手掘り状態。
ただ、まだ向こうの人たちは、石のクオリティに対する知識がなくって、ただ大きい原石の方が価値があると思ているんです。
そこにつけこむ国の人もいる。
正しい知識と情報をきちんと提供できたらと思いますね。

現地の女性たちにも、アクセサリーを作って市場で売ることができたら、生活に必要なお金を得ることができるということもあって。
アクセサリーの作り方なんかも伝えられるプロジェクトになればと。
ちょっと離れた鉱山では、アクアマリンをはじめとするベリルの原石がたくさん採れるんですね。
素晴らしい土壌ですよね。
可能性をいっぱいいっぱい秘めている場所です。

<磨く>ということはどういうことなんだろう。

<磨く>ということはどういうことなんだろう。
細かく細かく、薄く薄く剥がしていく、その小さな振動。
そうすると、研ぎ澄まされた美しさが、ひょいと顔を出す。
この振動=日常の小さな幸せ、だと置き換えると、なんともわかりやすい。
心が、感情が、知性が、感性が磨かれるということはこういうことなのかと。

写真は私の私物リングですが、リング上部の白のフロスト部分が大寄さんのカービング。
緩やかな曲面で水晶をカービング。
上下のメタルで挟み込むようにセッティングしています。
21世紀の今、この卓越の技に出会えることの喜びです。

(利き手、構成 ベーネ銀座サロンオーナー 内藤千恵)

大寄 智彦
TO LABO
www.tolabo.jp

貴石彫刻OHYORI
www.ohyori.com

1979年3月5日生まれ
貴石彫刻オオヨリの3代目。
山梨県立宝石美術専門学校卒業後、家業の貴石彫刻業に従事する。
コンテスト出品し山梨県知事賞、甲府市長賞など受賞歴多数。
経済産業大臣指定伝統的工芸品、甲州水晶貴石細工伝統工芸士の資格を最年少で取得。
山梨県立宝石美術専門学校の非常勤講師を勤める。
2014年「TO LABO」としてブランド展開を始める。
同年、工房併設の直営ショップを甲府にオープンする。